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笑顔で健やかに

 今回は笑いと健康についてお話ししてみたいと思います。
 私事になりますが、わたしは現在、シルバー人材センターさんにお願いして、家事援助サービスを受けております。ご存じない方に少々ご説明申し上げますと、60歳以上のいわゆるシルバー世代の方々が会員として登録されている組織です。そして、家事援助、観光案内から窓拭きまでいろいろな内容で、シルバー世代の方々の現在までの経験や特技を生かしてサービスの需要のあるところに人材を派遣してくださるという仕組みです。仕事をしながら家事をする必要のあるわたしにとっては、非常にありがたいシステムです。以前に、家事援助に来ていただいていたSさんは、シルバーのお仲間で会報を制作なさっていました。
『医師の立場から、高齢者に向けてなにかお話がありましたら一文書いていただけませんか?』
そうおっしゃっていたSさんのために文章をお書きしかけていた矢先に、Sさんは体調を崩され、入院、そしてその後しばらくしてお亡くなりになったとお聞きしました。今回は、Sさんからご依頼があった頃書きかけていた文章に少々手を加えてご紹介したいと思います。
 以前、とても大好きなエッセイ集に、はっきりとは覚えていませんが、次のような一文がありました。『怒るという動作を行うためには顔面の筋肉のうち数十個を収縮させなければなりません。それに対してほほえむという動作には数個の筋肉しか要しません。みなさん、お顔の筋肉の使いすぎはさけて、にっこり微笑みましょう。』そのユーモアにあふれた文章を読んで、とても楽しい気持ちになり、自分の後輩の結婚式に、その話を使わせていただいたこともあります。
 なるほど、鏡を見ながら怒った顔をしてみますと額、目や口の周り、頬、あごから首にかけてといろいろな筋肉が緊張しているのがよくわかります。長時間こんな顔をしていれば顔が疲れてしまいそうですね。それに対して微笑む、という動作は、非常に簡単にできます。『微笑む』場合、多くの筋肉はむしろ弛緩している状態です。
 医学的に、昔から『心』と『身体』との深い関係は知られてきました。『病は気から』ということわざもあり、現在医療の中でも『心身症』という部類にはいるような病気も多数みられます。心身症とは、身体疾患の中でその発症や経過に心理・社会的因子が密接に関与し、器質的または機能的障害が認められる病態、と定義されています。環境の変化やそれに伴う精神面の変化に時間的に一致して、身体症状が変動するのが重要な特徴であり、例えば仕事が忙しい時や緊張した時、身体症状や検査所見が増悪します。消化性潰瘍、気管支喘息、本態性高血圧症、潰瘍性大腸炎などのうちにも、心身症の方が含まれていることがあります。ストレスの多い現在、問題になっている病態の一つでしょう。
 ところで、そういった心と身体の関係を、おもしろい見方で調べた先生がいらっしゃいます。リウマチ患者さんに、落語をみて大いに笑っていただき、その前後の採血などで身体の免疫力や炎症に関係するデータを調べられたのです。その結果は、笑っていただいた後のデータは笑う前より免疫力も高まり、炎症に関する値なども正常に近づくというものであったそうです。他にも、笑いにより脳がリラックスし、活性化するとおっしゃっている先生もおられます。
 実際に病院で働いておりましても、それに近いようなことはよく経験します。寝たきりで、食事をお勧めしてもちっともお食べにならない無表情のおばあちゃまがいらっしゃいました。これ以上食べなければ、流動食を、チューブなどを使って流し込む治療をしなくてはならないかと思うほどでありました。『一日3回くらいは、笑いましょうね。』などとベッドサイドで世間話をし、医療スタッフのみんなで声かけなどしているうちに、時々笑顔がみられるようになりました。そのうちに、何となくすこうしづつ食事が入るようになり、気がつくと固形のものでも飲み込めるようになりました。現在では、よくにこにこして食事も全量摂取されています。もちろん、そういったことばかりではありませんが、わたしは、できるだけ患者さんに『何でもいいですから、わらいましょうね。』と声をかけたりしています。
 近年、心の状態と身体の免疫力などの関係を科学的に調べ、解明していこうという動きも活発化しているようです。その結果がどのような形で示されるのか興味の尽きないところではありますが、何はともあれ、私たちが今年一年健康で生活するためにも、みなさま、生き甲斐を持ち、大いに笑って過ごそうではありませんか。
 昔から申します。
『笑う門には福来たる』